三層構造
米国における年金制度(Retirement System)は、「三層構造(Three-Pillar System)」として体系的に理解されています。
これは、政府が提供する公的年金、企業が提供する年金、そして個人が用意する貯蓄・投資の3つの柱から構成されており、それぞれが退職後の生活を支える役割を果たしています。
| 柱 | 制度の主体 | 制度名(代表例) | 税制上の特徴 |
|---|---|---|---|
| 第1の柱:公的年金 | 連邦政府 | Social Security(社会保障) | 拠出はFICA税(給与税)を通じて行われる。給付の一部は課税対象となる。 |
| 第2の柱:企業年金 | 雇用主(企業) | 401(k), 403(b), Defined Benefit Plans (DB) | 税制優遇が大きい(拠出・運用段階で優遇)。雇用主のマッチング拠出がある場合が多い。 |
| 第3の柱:個人貯蓄 | 個人(家計) | IRA(Traditional/Roth), NQ-Annuity, Brokerage Account | IRAは税制優遇が大きい。その他の一般口座は優遇なし。 |
1. 第1の柱:公的年金(Social Security)
Social Securityは日本で言う国民年金と厚生年金に該当するものと考えて差し支えないと思います。国民の最低限の生活を保障するために国が運営主体となる制度であるという点が共通しています。日本では国民年金を1階部分で拠出額固定、厚生年金が二階部分で拠出額は収入比例というような説明がされますが、米国ではこのSocial Securityの拠出額は収入が大きいほど大きくなり(年間上限あり)、結果的に給付額も大きくなるということから厚生年金も兼ねているというとらえ方もできそうです。
1.1 制度の概要
- 目的: 国民の最低限の生活を保障するための基本的な所得保障制度。
- 運営主体: 連邦政府(Social Security Administration, SSA)。
- 財源: 雇用主と従業員が折半して納めるFICA税(連邦保険拠出法税)。
1.2 給付の仕組み
- 老齢・遺族・障害保険(OASDI): 主に老齢退職給付を指します。
- 受給資格: 10年間(40クォーター)以上、FICA税を納付していること。
- 標準受給開始年齢(Full Retirement Age, FRA): 生まれ年によって異なり、66歳~67歳に設定されています。
- 繰上げ受給: 62歳から可能(給付額が減額)。
- 繰下げ受給: 70歳まで可能(給付額が増額)。
- 特徴: 給付額は過去の平均所得に基づいて計算されますが、高所得者ほど所得代替率が低く設計されており、あくまで生活の基盤を担うものです。
2. 第2の柱:企業年金(Employer-Sponsored Retirement Plans
企業が従業員のために提供する制度で、税制上の優遇措置(タックス・ディファード)が最大の特徴です。確定拠出型年金は日本でも主流になってきているものです。
2.1 確定拠出型年金(Defined Contribution Plans, DC)
給付額は確定しておらず、拠出された資金の運用成績によって将来の受取額が変動します。
| 制度名 | 主な対象者 | Tax Timing | 概要 |
| 401(k) Plan | 一般企業(営利)の従業員 | 拠出時に所得控除(Traditional)または非課税(Roth)。運用益は非課税。 | 米国企業年金の主流。雇用主のマッチング拠出(Matching Contribution)が一般的。 |
| 403(b) Plan | 非営利団体、学校、病院の職員 | 401(k)と同様 | 401(k)と類似するが、投資対象がアニュイティやミューチュアルファンドに限定されることが多い。 |
| 457(b) Plan | 州政府・地方自治体職員 | 401(k)と同様 | 他のプランと並行して拠出できるため、高所得者にとって有利。 |
2.2 確定給付型年金(Defined Benefit Plans, DB)
雇用主が将来の給付額を約束する年金。近年は減少傾向にあります。
| 制度名 | 特徴 |
| Pension Plan | 勤続年数や最終給与に基づき、退職後の給付額が計算され、保証される。運用リスクは企業が負担。 |
| Cash Balance Plan | DBプランの一種だが、個人の仮想口座に積み立てる形式。近年、柔軟なDBプランとして注目される。 |
3. 第3の柱:個人貯蓄(Individual Retirement Savings)
個人が自主的に開設し、運用する退職勘定です。
Roth IRAは日本でいう個人型DC、いわゆるiDeCoに該当するものと考えて良いと思います。
3.1 個人退職勘定(IRAs)
個人で開設できる税制優遇のある退職貯蓄口座。
| 制度名 | 特徴 |
| Traditional IRA | 拠出時に所得控除。運用益は課税繰り延べ(引き出し時に課税)。 |
| Roth IRA | 拠出時は課税済み。運用益と引き出し時は完全に非課税。特に若年層や将来の税率が高くなると予想される人に有利。 |
| SEP IRA / SIMPLE IRA | 主に自営業者や小企業向けのIRA。拠出限度額が通常のIRAより高いことが多い。 |
3.2 その他の貯蓄・投資
| 制度名 | 特徴 |
| HSA (Health Savings Account) | 医療費に特化した貯蓄口座だが、65歳以降は事実上の退職口座として利用可能(トリプル・タックス・アドバンテージが最大の特徴)。 |
| Brokerage Account | 一般の証券取引口座。税制優遇はないが、流動性が高く、いつでも引き出し可能。 |
この三層構造が、アメリカの退職後の収入を形成する基本的な枠組みとなります。特に、401(k)やIRAといった税制優遇口座の活用が、退職準備の中核を担っています。
